猫の口の中を見たいときは、口を開けない。上唇の端を横から親指でくるりと持ち上げる。それだけで、歯の外側と歯ぐきのラインは見える。かかる時間は10秒。10秒だから、毎日できる。

私がこのやり方に落ち着くまで、うちの猫の口の中はほとんど見えていなかった。抱き寄せて口元に手を伸ばすと、顔を背け、前脚で押し返し、最後は部屋の反対側へ歩いていく。1年かけて、歯ぐきらしきものを1回も見られなかった。
今やっていることを、そのまま書く。
夜の9時ごろ、猫がソファの肘掛けに前足をかけて伸びをする。そのまま座り込む。ここが合図だ。テレビを消して、猫の背中側に回る。正面には立たない。正面は「何かされる」という態勢で、目が合った時点で猫が構える。背中側からなら、まず頭のてっぺんを2秒だけ撫でられる。
その2秒で、耳が後ろを向かなければ続行する。向いたら、その日は終わり。判断の基準はこれだけだ。もっとも、頭を撫でるのは、うちの猫がもともと許していた数少ない触り方だった。新しい触り方をゼロから教えるより、すでに通っている線から伸ばすほうが、結局いちばん速い。
手は2つ、動くのは親指1センチ
片方の手のひらを、あごの下にそっと当てる。頭がふらつかないように支えるだけで、力は入れない。もう片方の親指を、唇の端——上下の唇が分かれているところ——に軽く引っかけて、上へころんと巻く。
指は口の中に入れない。歯には触らない。持ち上げるのは上唇の端、幅1センチ分で足りる。それで、上の歯の外側と、その上の歯ぐきのラインが一直線に見えてくる。
見るのは1つだけ。歯と歯ぐきの境目だ。線がまっすぐ均一に走っているか。右と左で同じように見えるか。
左右を見比べたいなら、同じ高さ、同じ角度で見ること。右を見てから体を回り込んで左を見ると、光の当たり方が変わって、それだけで違って見える。うちは右側から見るのが楽なので、左は頭をわずかに反対へ傾けてもらう形になる。傾きが浅い日は、「今日は左は見えなかった」で終わらせる。
1日でやろうとしない
この10秒は、いきなりやらない。うちでは4日くらいに分けた。
1日目は、あごの下に手のひらを当てて2秒。それだけで終わる。
2日目は、同じことをして、親指の腹を唇の端に1回触れるだけ。持ち上げない。
3日目に、初めて1ミリだけ巻く。
4日目で、1秒だけ見る。
嫌がったら、その日は前に戻る。戻るのは失敗ではない。順番を飛ばすと、翌週の3秒が別のものになって返ってくる。
うちでいちばん効いたのは、「引っ張ってでも見る日をつくらない」ことだった。1回押さえ込むと、翌日は手を近づけただけでソファから降りる。そこから戻すのに、だいたい1週間かかった。
記録するのは、見えた中身より「できたかどうか」
カレンダーの余白に、日付と「できた」「できなかった」の2語だけ書く。どちら側を見たかも一言。5秒で終わる作業だ。
これを続ける理由は、猫の体の変化が先に見えるからではない。自分の側の変化が見えるからだ。3週間ぶん並べると、「できなかった」が週に5日から2日に減っているのが分かる。歯ぐきの様子は毎日同じでも、そこへ近づける日は増えている。猫の体の情報ではないけれど、この先何年も見続けられるかどうかを決める情報ではある。
だから、できなかった日も必ず書く。書かないと、記録が「見られた日だけの記録」になって、猫がどこまで許してくれるのかが見えなくなる。
口を開けようとすると、見たいものが見えない
口の中を全部見ようとすると、上あごと下あごを両手で持って引き離すことになる。私がやると、ほぼ確実に前脚が出る。そして、押さえて開けたところで、外側の歯ぐきのラインは陰になって見えない。見たいところは、唇を持ち上げたほうが見える。
年に一度、動物病院で口の中をまとめて見てもらうという選択肢はある。ただ、それは日々の話ではない。毎日できる10秒と、たまにしかできない確認は、比べるものではない。両方あっていい。片方しか選べないなら、私は毎日の10秒を取る。10秒が通れば、この先ずっと見られる。
見えたものが何かは、私が決めることではない
歯ぐきの見え方に違和感があったとき、それが何かを判断するのは私の役目ではない。左右で色が違って見える。境目の線が片側だけ乱れている。歯と歯ぐきの間に何か挟まっているように見える。そういうときは、その見え方をそのまま次の診察に持っていく。
コツは、形容詞を足さないこと。「右の上の歯ぐきが、左より赤く見えた」くらいの解像度でいい。撮れたら写真を1枚。撮れなくてもいい。見た日付と、どちら側の、どのあたりが、どう違って見えたか。それだけ言えれば、診察室の短い時間が別のものになる。
最後にひとつ。この10秒は、うまくいかない日のほうが多い。数日続けて「できなかった」で記録が埋まる時期もある。それでいい。大事なのは、嫌がる猫を押さえて1回だけ見ることではなく、見るという行為を猫の生活の中に置き続けることだ。10秒は、そのために短くしてある。