夏に猫の飲水量が落ちるのは、猫がわがままになったからでも、体調を崩したからでもないことが多い。置いた水そのものが、日本の夏の部屋で数時間のうちに「飲みたくない水」へ変わってしまうからだ。室温が上がれば水温も上がり、湿度が高い日は半日で表面がぬるついてにおいが立つ。だから最初に変えるべきは水分量を増やす工夫ではなく、水を替える回数とボウルの置き場所になる。同じ猫、同じボウルでも、中身が朝と昼と夜で別物になっていれば、飲む量は戻ってくる。

朝6時のボウルと午後2時のボウルは、同じボウルではない
朝、起きてすぐにやることが二つある。カーテンを開けることと、ボウルを流しへ持っていくことだ。前の晩に張った水を捨て、指の腹で内側を一周こする。ぬるつきが残るときは、昨夜からの蒸し具合がそのまま指に来ている。洗剤を使うほどではないが、流水で流して軽く水を切り、新しい水を張る。夏はこれが一日の基準になる。
午後2時ごろ、同じボウルをもう一度のぞく。日が当たる場所に置いてあったら、水はもうぬるい。うちの猫はそこまで来て、座り、においを嗅いで、飲まずに戻る。特別なことではない。夜、張り直した直後に同じ猫が同じボウルから長く飲むのを見ると、飲まなかったのは猫の都合ではなく水の都合だったと分かる。
ぬるさは温度計より、指先と鼻で分かる
水温を測る習慣はない。ひねった水道水の冷たさと比べれば、置いた水がどれだけ部屋に馴染んでしまったかはすぐ分かる。猫は冷たい水が好きというより、ぬるくてにおいのついた水を避けている、というのが長く見てきた印象だ。氷を浮かべても飲まない猫はいるし、うちもそうだった。冷やした新しい水を張り直すほうが素直に効く。
替える回数は2回を最低線にして、湿度で足す
朝と夜の2回は最低線だ。梅雨明けから9月のはじめまでは、湿度が高い日が続く。そういう日は昼にもう1回足す。半日置いた水は、見た目が変わらなくても表面にぬめりが出ていることがある。猫が飲む前に替える、という順番を守るだけで、飲み方は変わってくる。
給水器を使っている場合も同じで、機械が循環させていても中の水は入れ替える必要がある。タンクの水だけを継ぎ足していると、ボウルのときと同じことが起きる。
継ぎ足しではなく、一度空にしてから張り直す
減ったぶんに水を足すやり方では、においとぬめりは残ったままだ。ボウルの縁、底の角、内側の細かい凹凸。陶器は表面に微細なざらつきがあり、ステンレスは縁の巻き込みに汚れが入りやすい。プラスチックはどうしてもにおいが残りやすく、傷が目立ってきたら替えどきだと考えている。洗うのは指と流水で足りる。洗剤を使った日は、よくすすいでから張る。
置き場所は「日陰」「静か」「通り道でない」で選ぶ
一つのボウルを大きくするより、小さめのボウルを数か所に置くほうが、夏は飲まれる。テレビの横や人の行き来が多い廊下の真ん中は、猫が落ち着かない。家具の陰、北側の廊下、洗面所の足元、ベッドの下。直射日光が当たる窓際は夏のあいだは外す。冷房の風が直接当たる場所も避けたい。
高さも分けたほうがいい。棚の上で過ごす時間が長い猫には高い位置、床で寝ることが多い猫には低い位置。ヒゲが当たらない広さのボウルを選ぶ。深すぎる器は、顔を入れるのが嫌で飲まなくなることがある。
昼にボウルが減っていなくても、総水分が足りないとは限らない
夏はウェットフードを食べる機会が増える。ウェットフードは水分を多く含むので、そのぶんボウルから飲む水は自然に減る。昼に見て減りが鈍くても、それだけで不足とは言えない。逆にドライ中心の日はボウルの減りが早くなる。だから判断は水の減りではなく、トイレの尿の塊の数と大きさで見ている。毎日トイレをすくっている人なら、塊が小さくなっていないか、数が減っていないか。夏はこれがいちばん素直な指標になる。
多頭飼いだと、どの猫の尿かまでは分からない。その場合はボウルの減り方と、それぞれの猫の飲む仕草を合わせて見るしかない。
いつもと違うと感じたら、まず動物病院に電話する
ぐったりして動かない、口を開けて息をしている、トイレの塊が半日以上出ていない。どれかが出たら、家で手を打つ場面ではない。水を替える、場所を変える、食べ物を変える、そういう工夫の前に、動物病院へ電話して、連れて行くべきか、どのくらい急ぐかを確認する。夏は判断を一日延ばしたぶんだけ取り戻しにくくなる。
持病のある猫、高齢の猫、投薬中の猫は、飲水量の変化がいつもと違う意味を持つことがある。ふだんから、ボウルを替えた回数とトイレの塊の数だけをメモしている。三日ぶんあれば、電話口で状況を説明しやすい。
記録より、儀式にしてしまう
毎日細かく記録するのは、正直続かない。だからうちでは、朝は流しで指先のぬるつきを確かめる、昼は日陰のボウルをのぞく、夜は空にして張り直す、という三つの動作だけを決めている。夏の水替えは、猫のためというより、私が猫の飲み方を見失わないための儀式に近い。指先で分かる変化なら、見落とさずに済む。