夏に猫の被毛を刈ることは、冷却の手段としては基本的に逆効果です。被毛には断熱と遮光の役割があり、皮膚を守る層を失うと、直射日光によるダメージや肌トラブルのほうが先に問題になります。夏の被毛ケアで本当に効くのは、刈ることではなく、湿気で絡んだ毛を小さなうちに見つけてほぐし、抜け毛を毎日少しずつ取り除くことです。
梅雨が明けた週の午後、うちの猫はフローリングのいちばん冷たい場所を探して、体を長く伸ばしていた。室温は29度、湿度計は72%。エアコンはつけているのに、台所の換気扇を回した途端に数字が上がる。私が耳の後ろに指を滑らせた瞬間、米粒ほどの硬いものが指先に引っかかった。毛玉だ。まだ小さい。皮膚から2センチほど離れた場所で、毛が数本ずつ絡んで結び目を作っている。
湿度が高い日の猫の毛は、乾いた日と質感が違う。しっとりして、少し重い。同じ力でブラッシングしても、途中で引っかかる。夏のブラッシングは、見た目を整える作業というより、この引っかかりをどう扱うかの作業になる。
毛玉は表面ではなく、皮膚の近くで育つ
猫の毛は一本一本が鱗のような構造をしていて、湿気を吸うと摩擦が増す。抜け毛が皮膚に張り付いたまま残り、その上に新しい毛が重なると、絡みは表面ではなく地肌の近くで起きる。だから全体がつやつやに見える猫でも、脇の下や後ろ足の付け根を開くと、板のように固まった毛が見つかることがある。
できやすいのは、耳の後ろ、脇の下、後ろ足の付け根、お腹、尻尾の付け根。特に耳の後ろと脇は、猫自身の舌が届きにくい。夏はここを毎日触る。
見つけるのは指よりコームのほうが確実だ。金属製で目の粗いコームを、毛の流れに沿ってゆっくり通す。引っかかる、音が変わる、毛が盛り上がる。その場所が毛玉の予備軍になる。指で皮膚ごとつまんでみて、毛が一枚の布のようにつながっていたら、もう毛玉になっている。
スリッカーとコームは、順番で役割を分ける
スリッカーは表面の死毛を集める道具で、地肌近くの絡みを見つけるのは苦手だ。逆にコームは、表面を整える力は弱いが、皮膚に近い部分の状態を正確に教えてくれる。夏はこの二つを混ぜずに使う。
私の順番は決まっている。まずコームで全身を一度通し、引っかかった場所を覚える。次にスリッカーを皮膚に当てない高さで軽く動かし、浮いた死毛を集める。最後にもう一度コームで、最初に引っかかった場所を確認する。二回目で引っかからなければ、その日はそれで終わりにする。
スリッカーは力を入れると皮膚を傷つける。毛先だけをすくう感覚で足りる。ラバーブラシは短毛の猫の表面を整えるのには向くが、毛玉の確認にはならない。道具を増やすより、コームを一本、皮膚に当てずに使えるようにするほうが先だ。
捕まえないことが、いちばん効く
膝に乗せて固定すれば、その日は最後までやり切れるかもしれない。でも猫はそれを覚えている。翌日、ブラシを見ただけで部屋を出て行くようになる。私がやめたのは、押さえて終わらせることだった。
今は床に座って、猫が自分から来るのを待つ。来なければ、その日はやらない。1回は2〜3分、長くても5分。1日2回に分けたほうが、猫も私も楽だ。
終わりの合図ははっきりしている。耳が横を向く、尻尾の先が動く、体をよじる、目を細めて動かなくなる。どれかが出たら手を止める。やり残しがあっても翌日に回す。逃げ道は必ず空けておく。部屋の角や窓際に追い込む形でやらない。おやつは終わった後に出す。最中に出すと、猫は続けてもらえると学習して、逆に長引く。
バリカンで刈る前に考えたいこと
全身を刈る人がいるが、私は勧めない。理由は三つある。
一つ、被毛は外からの熱を遮る。皮膚が直接日光に当たると、白い猫や毛の薄い部分は特に焼けやすい。日焼けはその後の肌トラブルにつながる。
二つ、刈った後の毛は生えそろうまでに時間がかかり、その間の毛質も変わる。柔らかい産毛が先に伸びて絡みやすくなり、かえって毛玉が増えることがある。
三つ、猫は汗をかかない。体温調節は主に、涼しい場所を選ぶこと、血管を広げること、グルーミングで唾液を蒸発させることによる。毛を刈ってもこの仕組みが入れ替わるわけではない。毛の間に空気が通る層を残したほうが、蒸れを逃がしやすい場面もある。
例外はある。獣医が治療や検査のために刈る場合はまったく別の話で、皮膚の状態を確認する必要があるときや手術の前など、必要な場面は存在する。自分で判断せず、獣医に確認する。
小さな毛玉は指でほぐす。やめる線を先に決めておく
米粒ほどの毛玉なら、指でほぐせる。毛玉そのものをつまんで引っ張らない。外側から、毛を二つに割るように、少しずつ。皮膚が一緒に持ち上がる感覚が出たら、そこで止める。それが、これ以上は無理という合図だ。
はさみを使うなら、毛玉と皮膚の間にコームを差し込んで皮膚をガードし、毛の流れに対して垂直に、毛玉の外側から少しずつ切る。根元を一気に切るのは危ない。皮膚をつまんで切ってしまう事故は、思っているよりずっと多い。私も一度、爪先で皮膚をかすめたことがあり、それ以来はさみは最後の手段にしている。
皮膚に近く張り付いた毛玉、手のひらより大きい毛玉、皮膚が赤い、かさぶたがある、触ると嫌がって鳴く。どれか一つでも当てはまったら、その日は諦めてトリマーか獣医に相談する。無理に取ろうとして猫が噛んだり皮膚が傷ついたりすると、その後のブラッシングそのものを嫌がるようになる。数日遅れるより、そのほうがずっと困る。
抜け毛を取ることが、涼しさにつながる
猫が自分でグルーミングできる量には限界がある。夏は抜け毛が増え、追いつかなくなった死毛が皮膚に残る。これが密着すると、毛の間に空気の層ができにくくなり、蒸れやすくなる。猫自身のグルーミングは、毛を舐めて唾液を蒸発させることで体温を下げる作業でもある。からまった毛がそこを邪魔すれば、効率は落ちる。
だから夏のブラッシングは、見た目を整えるためではない。猫が自分の体を冷やす仕組みをじゃましないように手伝う作業だ。1日に取れる量はたかが知れている。だから毎日、少しずつ。長毛種は毎日、短毛種でも換毛期は1日1回。高齢や肥満で自分で届かない猫は、後ろ足の付け根と尻尾の付け根を優先する。
同じ場所を毎日触ると、変化が見える。毛玉の数、皮膚の色、触れたときの温度、毛の密度。前の週と比べる。記録しているのは、増えたか減ったかを知るためだ。
エアコンの風が直接当たる場所は、ブラッシングに使わない。猫は風を避けて移動するので、そこで押さえようとすると余計に緊張する。朝の涼しい時間か、夜、猫が落ち着いているときに2分だけ。それで足りる。
夏の被毛ケアは、道具より順番と時間で決まる。湿気の高い日は、胸と脇と耳の後ろをコームで一度なぞる。引っかかった場所を覚えておく。刈るのではなく、抜け毛を毎日少しずつ減らす。それだけで、猫が自分の体を冷やしやすい状態に戻っていく。