夏の網戸と窓は、開ける順番と「どこまで開けるか」を先に決めておくだけで、転落と脱走の大半は防げます。網戸は閉まっていても下レールに乗っているだけで、窓のクレセント錠は網戸を固定していません。だから窓を開ける前に網戸の外れ止めとガタつきを手で確かめ、開ける幅はストッパーで固定し、猫がいる部屋では網戸を開け放したままにしない。道具を買う前に、この三つを順番として体に入れるのが先です。
去年の七月、深夜に台所で水を飲んでいたら、リビングの方で「ガタッ」と短い音がした。風で網戸が鳴ったのだろうと思って覗くと、猫が窓台に前足をかけて、網の下の方を押していた。網がしなって、枠の下端がレールの上でうっすら浮いている。窓を閉めてから枠ごと持ち上げると、片側がすっと上がった。外れ止めの爪が経年で欠けていた。あの日から、私の夏の支度は「網戸を疑う」ところから始まっている。
網戸は閉まっていても、レールに乗っているだけ
網戸というのは、窓の外側の溝に枠ごと乗っているだけの建具だ。上下のレールに挟まれて、外れ止めという小さな爪で持ち上がりを止められている。それ以上の固定はされていない。だから「閉まっている」は「固定されている」ではない。
猫が押す場所、枠が外れる場所
猫は網の真ん中を押さない。前足をかけるのは下の三分の一あたりで、体重をかけて押す。網はテントのようにしなって、アルミの枠は対角線に歪む。その歪みが下レールの角を持ち上げて、片側が溝から抜ける。抜けた瞬間に三角形の隙間が開く。手のひらが入るくらいの隙間でも、猫には十分すぎる。
窓台から網戸めがけて跳ばれると、もっと早い。体重が一点にかかるので、押すというより叩き落とすに近い。うちの子は跳ばないから大丈夫、という判断は、一度跳んだら終わる話でもある。
網そのものの傷みも見ておきたい。爪が引っかかると糸がほつれて、小さな穴ができる。昼間に網戸を背にして光にかざすと、穴やたるみが影になって見える。夜に気づくのは難しい。
クレセント錠は網戸を守らない
ここを勘違いしている人が多い。クレセント錠は二枚のガラス戸同士を留める鍵で、網戸には何の関係もない。しかも窓を開けているときは、そもそも錠前がかかっていない。鍵をかけてあるから安心、という感覚が一番危ない時間帯は、実は窓を開けているときだ。
開ける幅は、開ける前に決める
網戸を全開にしない、というのは感覚では続かない。物差しを一つ決めてしまうのが早い。うちでは「手のひらが縦に入らないくらい」を目安にしている。だいたい十センチに満たない程度で、風は通るが猫の肩は通らない。
止め方は、レールに挟むタイプの網戸ストッパーが手軽だ。上レールに短い突っ張り棒を横向きに渡して、網戸がそれ以上動かないようにするやり方もある。応急なら、目玉クリップや洗濯ばさみを下レールに挟んでもいい。どれも穴を開けないし、原状回復のことを考えなくていい。
窓の側にも言える。ガラス戸の開き幅を、挟み込むタイプの補助錠で止める。これもネジで固定するものではなく、戸を挟むだけのものがある。ただし、どれも「動かない」ことと「外れない」ことは別だ。ストッパーは猫が押す力を一点に受けるので、定期的に位置がずれていないか見る。
ベランダは「外」ではなく、宙に浮いた棚
網戸を抜けた先がベランダだとして、そこが安全な outdoor スペースになるかというと、ならない。日本のマンションの手すりは、人が寄りかかっても落ちないように作られている。猫が登らないようにも、隙間から抜けないようにも作られていない。
猫は手すりの上を歩く。縦格子があれば登る。端の仕切り板の下に隙間があれば、隣のベランダへ渡ってしまう。渡った先でまた渡れば、もう自分の部屋がどこかも分からない。三階なら地上から八メートル以上あって、下にあるのは植え込みや駐輪ラックや室外機であって、芝生ではない。
「ベランダに出してあげると喜ぶ」というのは、喜んでいるように見える、というだけの話だ。あの狭いコンクリートの上で、猫は外の空気を吸っているのではなく、逃げ場のない場所に立っている。
落ちた高さより、落ちた後の方が怖い
猫は体勢を立て直すのがうまい。だから高いところから落ちても平気だという話を、夏になると必ずどこかで聞く。私がその話を聞くたびに思うのは、それは落下の話をしているようで、実は結果の話をしているということだ。
実際に怖いのは、その先だ。落ちた猫は、着地した場所がどこであれ、見知らぬ外に出た状態になる。音に驚いて走り、車道に出て、塀を越えて、そのまま帰ってこない。骨折は治る。行方不明は治らない。だから「二階だから」「低いから」という理由で網戸を緩めるのは、判断の土台がずれている。低い階でも、外に出た時点で事故は始まっている。
一時的なネットを張るなら、限界もセットで
ベランダを囲うなら、突っ張りポールとネットを組み合わせる方法がある。穴を開けず、退去のときに外せる。ただ、これを「これで安全」と受け取ると危ない。
まず、猫はネットを登る。囲いであって屋根ではないので、上に荷重がかかる場所の固定は何度も確かめる必要がある。次に風。ベランダのネットは想像以上に風を受ける。台風のときは外してしまったほうがいい。外れたネットが下に落ちれば、それ自体が事故になる。それから避難経路。ベランダは火事のときの逃げ道でもあるので、塞ぎ方によっては自分の逃げ場をなくす。建物の使い方のルールで、ベランダに物を置けない決まりになっている場合もある。
一番危ないのは、「ネットがあるから大丈夫」という感覚だ。ネットは最後の一枚であって、窓を開け放しておく口実にはならない。
開ける順番と、洗濯物の日の癖
手順を決めておくと、忙しい朝でも迷わない。
- まず猫を別の部屋に移す。無理なら誰かが抱いている状態で始める。
- 窓を閉めたまま、網戸を閉める。
- 網戸を閉めたまま、窓だけを開ける。
- 開ける幅をストッパーで止める。
- 部屋を離れるときは、窓を閉める。
順番を逆にすると、開いた窓の前で網戸を動かすことになる。その数秒が一番危ない。
そして、洗濯物を干す日。両手がふさがって、目線は物干しに向いていて、足元は無防備だ。ここが最大の穴になる。うちでは、洗濯物は猫が昼寝をしている時間にまとめて済ませる。どうしてもずれる日は、猫をリビングに残して戸を閉めてから出る。風の強い日は、そもそも開けない。網戸が風で鳴る日は、猫が押す前に枠が浮いている可能性がある。
網戸のそばに足場を置かない
最後に、道具でも手順でもない話を一つ。窓台の近くにソファや棚があると、そこが踏み台になる。キャットタワーの頂上を窓際に置けば、跳ぶ距離が縮む。押す力は、助走の長さで決まる。タワーは窓から離す。ベッドの位置も、できれば窓から離す。夏だけ家具を動かす、くらいの感覚でいい。
それでも完全にはならない。だから、もしもの備えも一緒に整えておく。首輪なら迷子札、あるいはマイクロチップ。室内に高い場所を残しておくと、外への興味が少しだけそちらに向く。
網戸を閉めるとき、私は必ず音を聞いている。外れ止めがかかるときの、小さな「カチッ」という音だ。その音がしなければ、もう一度閉め直す。あの夜に聞いた「ガタッ」の代わりに、今はその音を確認してから窓を開けている。