猫がいる家で植物を全部処分する必要はない。やることは一つで、部屋ごとに「猫がその植物にどうやって触れるか」を確かめ、その触れ方と毒性の種類を掛け合わせて優先度を決める。最優先になるのはユリ属とワスレグサ属(キスゲ、ヘメロカリス)で、これだけは猫の届かない場所に移すか、家から出す。次に、心臓や腎臓など体の中に関わるとされる植物を届かない場所へ。口や胃の荒れで済むタイプは、届く範囲から動かせば足りる。順番を決めてしまえば、鉢を全部捨てずに済む。

玄関の靴箱で、もらった花束の包装紙をはがしていた。紙の隙間から白いつぼみが見えたところで手が止まる。ユリだった。うちの猫は玄関には来ない、とそのときまで思っていた。なのに廊下のほうから足音がして、猫が靴箱の手前で背伸びをした。鼻先はちょうど段の高さに届いていた。
そこから私のやり方が変わった。危ない植物の一覧を眺めて、家じゅうの鉢をなんとかしようとするのをやめた。リストは安心材料にはなる。でも全部つぶしていくと、ポトスもアイビーもモンステラも消えて、部屋が寒々しくなる。それに、たぶん実行できない。だから先に数えるようにした。猫がその植物にどうやって近づくか、を。
猫と植物の接点は、思っているより少ない
うちで実際に起きた接触は、この4つに収まった。
かじる。葉、花、つぼみ。
体が触れる。葉に顔を突っ込む、花粉が毛につく。
水を飲む。花瓶、花立て、鉢の受け皿、土の表面にたまった水。
掘る。土、球根、落ちた花びら。
この4つを当てはめると、同じ植物でも部屋によって点数が変わる。リビングの棚の上に置いたポトスは「かじる」の一項目だけ。ところが床に下ろした途端、走り抜けざまに葉をかじるようになる。仏壇の花立ては、猫が台に乗れるなら「水を飲む」が加わる。ベランダのプランターは、土の上で昼寝する猫なら「掘る」と「体が触れる」が同時に来る。
一番見落としていたのは、体が触れる経路だった。ユリの花粉は乾くとさらさらして軽い。猫が花のそばを通っただけで背中に付く。そして猫は毛づくろいをする。毛をなめるという行為は、口に入れるという行為と同じ線上にある。花瓶を高いところに上げただけでは足りない、と気づいたのはこのときだった。
「ユリ」という名前で判断しない
ここで一度、名前の話を外しておきたい。これで随分と無駄な調べものが減った。
「ユリ」の字が入っていても、ユリ属ではない植物は多い。スイレンはスイレン科、ヒヤシンスやスズランはキジカクシ科で、分類上はユリではない。逆に、キスゲやヘメロカリスという名前は「ユリ」とひとことも書いていないのに、ワスレグサ属で、ユリ属と並ぶ急ぎ側に入る。名前の見た目と、実際の緊急度は一致しない。
だから私が見ているのは名前ではなく属で、できれば学名のLiliumとHemerocallis。園芸店のラベルには品種名が書いてあることが多く、ネットショップの商品ページには学名が併記されていることもある。買ったときのラベルを撮っておくだけで、後から調べる手間がまるで変わる。
もう一つ、古い「ユリ科」という大きなくくりは、今は細かく分かれている。あの頃のユリ科にはアロエもギボウシもスズランも入っていた。タグに「ユリ科」とだけ書いてあっても、それだけでは何も決まらない。この言葉で検索すると、情報が多すぎて逆に動けなくなる。
優先度は「どこに効くか」で分ける
植物の毒性は、大きく二つに分けて考えると整理しやすい。
一つは、口の中の刺激や胃腸の荒れで済むタイプ。サトイモ科の観葉植物が代表的で、葉をかじると口の中が荒れる、よだれが出る、という話になる。ポトス、スパティフィラム、モンステラ、カラジウム、ディフェンバキアあたりは、うちのリビングにまとめて集まっていた。
もう一つは、体の中に関わるとされるタイプ。ユリ属とワスレグサ属、スズラン、キョウチクトウ、ツツジ・アザレア類、ジギタリス、イチイなどがここに入る。この組は量の話ではなく、口に入るか入らないかで線を引く。ユリの場合、花びら、花粉、そして花を挿していた花瓶の水までが話に出てくる。
つまり、前半のグループは「届く範囲から動かす」で足りる。後半のグループは「届かない場所に固定するか、家から出す」。同じ「猫に危ない」でも、かける手間が違う。
なお、ここに並べたのは全部ではない。名前を知らない鉢が一つや二つあるのは普通で、それを全部同定してから動こうとすると、たいてい何も終わらない。
部屋ごとに歩く順番
私がやっている順番は、玄関、リビング、仏壇、キッチン、洗面と浴室、ベランダ。猫の動線を追う順番でもある。
玄関
花が家に入る唯一の入口。もらった花束、法事の帰りの花、スーパーの切り花。ここを素通りすると、あとでユリがリビングに立っている。
やっていることは単純で、包みを開けるのは玄関で、と決めた。中に入れる前に、ユリ属とワスレグサ属がいないか見る。入っていたら、花束ごと捨てる必要はない。ユリだけ抜いて、残りを飾る。ただし抜いたあとに、床と靴箱の上を拭く。花粉は乾くと舞うので、まず濡らしてから拭くようにしている。
鉢植えなら、冬のシクラメンが玄関に置かれやすい。球根に成分があるとされるので、うちでは床置きをやめた。あと、玄関の鉢は猫の背の高さより低いことが多い。靴を履くときに猫が寄ってくる家なら、ここは意外と接触の多い場所になる。
リビング
基準にしているのは、棚の高さではなく、猫が背伸びして前足をかけたときの鼻先の高さ。キャットタワーやソファの背もたれは、その高さを簡単に上げてしまう。タワーの隣に棚を置かない、というのもこの部屋のルールになった。
サトイモ科の観葉植物はここに集まりやすい。届くなら上へ、が基本。切り花を飾るなら、テーブルの真ん中より、猫が入れない部屋のほうが確実だった。テーブルの真ん中は、猫が飛び乗る場所でもある。
仏壇
ここが一番の盲点だった。
供花にはユリが混ざりやすい。しかも花立てには水が入っている。台に乗れる猫なら、高さは関係ない。うちでは、花立ての水を毎回捨てる、落ちた花びらと花粉をその日のうちに拭く、この二つを足しただけでだいぶ変わった。花屋で「猫がいる」と伝えると、ユリを外して組んでくれる。それだけで済む話でもある。
キッチン
植物というより食品の話になるが、ここも見る。ネギ、ニラ、玉ねぎ、にんにくはネギ属で、ユリとは別の系統の話になる。使いかけのネギをまな板の上に置いたままにしない、届く棚に玉ねぎを置かない。じゃがいもの芽、アボカドも、うちでは届かない場所に決めている。
窓辺のハーブ鉢は、猫が届くなら移動。ゴミ箱は、植物のくずが出る場所として見ている。
洗面と浴室
ここは植物の数が少ないので短く済む。湿気を好む観葉植物を浴室に置く家なら、浴槽の縁や洗濯機の上は届く高さになりやすい。うちは浴室の鉢をやめて、リビングに集めた。
ベランダ
猫がベランダに出る家なら、ここが最優先の部屋になる。出ない家なら優先度はぐっと下がる。この違いは大きい。
出る家で見ているのは、手すりの高さ、プランターの土、受け皿にたまった水。アサガオの種、スイートピー、チューリップやスイセン、ヒヤシンスの球根も、この場所で出会う。隣の家のキョウチクトウや、道沿いのツツジの生け垣から、落ち葉や花がベランダに飛んでくることもある。
うちでは、土の表面にネットをかける、受け皿の水をその都度返す、という二つを続けている。夜にスマホのライトでベランダを一回りすると、昼間には気づかなかった落ちた花びらが見つかる。
迷ったときにスマホでやっていること
全部を同定しようとしない。これが一番大事だった。
迷った鉢は「保留」にして、その場で写真を撮る。撮るのは、株全体、葉の裏、花、そして鉢に刺さっているラベル。ラベルは近づいて読める大きさで撮る。品種名が書いてあれば、それだけで検索が一気に絞れる。「観葉植物 猫 有毒」で広く検索するより、ラベルの品種名で検索するほうが、出てくる情報の精度が違う。海外の有毒植物リストは日本語の和名と一致しないことが多く、うちの鉢と結びつかないまま終わることが多かった。
買ったときの値札や、ネットショップの商品ページのスクリーンショットも残している。あれは、あとから見返すと一番確かな記録になる。
それでも分からないものは、届かない場所に一時的に移して、その日は終わりにする。保留は保留のままでいい。
獣医師に電話する前に揃えておくもの
かじったかもしれない、と思ったとき、私が先にやるのは、憶測を並べることではなく、材料を揃えること。電話口で伝えるのは次の項目。
植物の和名。ラベルや品種名も一緒に。
どの部分。葉、花、つぼみ、花粉、球根、実。
いつ。何時ごろ、どの部屋で。
どのくらい。かじった跡、葉の欠け方、落ちた花びらの数。
猫の様子。その時刻と、そのとき何をしていたか。
写真があると話が早い。症状から自分で判断しようとしない。植物の名前が分からないままでも、写真と時刻があれば話は進む。
全部を捨てなくていい
家じゅうの鉢をなくす必要はない。玄関で包みを開けてユリを抜く。仏壇の花立ての水を毎回捨てる。ベランダの受け皿を返す。棚の高さを、猫の鼻先で測り直す。
そういう小さな操作の積み重ねのほうが、たぶん長く続く。あの日から数えると、うちの植物は二鉢だけ外に出て、残りは今も同じ場所にいる。