歯みがきが続かなかった人に必要なのは、もう一度歯ブラシを握ることではなく、動物病院の健康診断で口の中のどこを見てもらうかを先に知ることです。健診では歯肉の色、歯石の付き方、欠けた歯や抜けた歯、歯肉の炎症の有無が確認され、その場で処置されるのではなく「今どうなっているか」が言葉で伝えられます。そして、歯ブラシが落とせるのは毎日たまるやわらかい歯垢だけで、すでに固まってしまった歯石は家のみがきでは落ちません。だから最初に目指すのは「全部みがくこと」ではなく「口まわりに手が触れられるようになること」で、触る、唇をめくる、歯に触れる、ペーストを入れる、という順番を何日かに分けて進めるのが現実的です。

私が最初につまずいたのは、洗面所の床に座って、猫を膝に抱え、指サック型のブラシを左手にはめた瞬間でした。猫は顔をそむけ、耳が後ろに倒れ、しっぽが床を打つ。まだ何も始めていないのに、もう終わっている。あのときは、やり方が悪いのだと思っていました。違いました。順番が悪かったんです。
健診で先生が触っていた場所を、家でなぞる
うちの猫が通っている病院では、診察台の上で、先生が猫の上唇を横から指の腹で持ち上げます。前から口をこじ開けるのではなく、横から、静かに、片側だけ。それで歯肉の色、奥歯の外側にどれくらい歯石が付いているか、欠けている歯がないか、歯肉が赤くなっていないかを見ていく。そして先生はその場で何かをするのではなく、見えたことを言葉で伝えて終わりでした。
「下の歯肉が少し赤いですね。奥は歯石が付いています」
この一言で、家でやることの順番が決まりました。まず歯肉。次に奥の外側。前から押さえない。横から。上唇だけ。
同じ手つきを家で真似すると、猫の反応がまるで変わります。真正面から顔をつかもうとすれば振りほどかれるけれど、横から唇だけを持ち上げるなら、数秒は耐えてくれる。慣れてくると、こちらの手が近づいても耳が倒れなくなりました。耳が倒れない、というのは、私にとっては小さな合格でした。
触ることから始めて、ペーストは最後に回す
順番は決まっています。
最初の数日は、何もみがきません。眠そうなときに、あごの下から指を滑らせて、口のまわりを一秒だけ触って、すぐ離す。それだけ。
次に、上唇をそっと持ち上げて、すぐ戻す。歯は見るだけ。
それに慣れたら、指サック型のブラシか、猫用の小さめの歯ブラシの先を、前歯の外側に一度だけ当てて終わりにする。
ペーストは最後です。しかも猫用の酵素入りペーストを使います。人間の歯みがき粉は飲み込む前提で作られていないですし、キシリトールが入ったものは猫にとって危険なので、家にあるからといって流用はしません。
ここまでを一日でやろうとしないこと。私は一週間ちょっとかけました。途中で二日空いた日もあります。それでいい。一日で全部やろうとして失敗したことを、もう一度繰り返す必要はありません。
歯ブラシが落とせるもの、落とせないもの
はっきりさせておくと、固まってしまった歯石は、家の歯ブラシでは落ちません。あれはもう石です。だから「みがいているのに減らない」と感じるのは、みがき方が悪いからではありません。落とせる範囲が違うだけです。
歯ブラシが相手にしているのは、毎日たまっていくやわらかい歯垢のほう。今日の分を今日のうちに薄くしておく。それ以上は求めません。健診で「歯石が付いています」と言われたなら、それは家で消す対象ではなく、次にどうするかを相談する材料だと思っています。
届く範囲も限られています。猫の口の形では、どうしても歯の外側だけ。内側や歯と歯の間は、人間のようには無理です。そこを埋めようとするから時間がかかって、猫が嫌がって、続かなくなる。
毎日でなくていい、続いた回数だけが残る
理想は毎日です。でも、いきなり毎日を目標にすると、三日で崩れます。私は週に二、三回から始めました。それで十分でした。全部の歯をきれいにすることより、同じ手つきと同じ順番を繰り返すことのほうが、猫にとっても私にとっても負担が少ない。慣れてから、回数は自然に増えていきました。
家でどうにかしようとしない
息が明らかに臭い、よだれが増えた、食べ物を落とす、片側だけで噛んでいる、歯肉が赤く見える。このあたりは、家の手入れでなんとかする範囲ではなく、健診で伝える範囲です。私も、ここだけは自分で判断しようと思ったことはありません。見えたことを持っていく。それだけです。
健診は、歯みがきが続かなかった人を責める場所ではありません。むしろ、家でやることを最小限に絞ってくれる場所です。今どこがどうなっていて、家ではどこまでやればいいのか。それを聞いてから、洗面所に戻ればいい。