室内飼いでもベランダに出るなら外と同じ予防が必要になる理由

この記事の目次
  1. ベランダは「空間」ではなく「経路」で見る
  2. いちばん濃い接触は、網戸ごしの鼻先にある
  3. 戻ってきたあとにやること
  4. 毎年の診察で、いちばん先に言うこと
  5. 家で判断しない、という線引き

ベランダに出る時間が1日5分でも、その猫は外に出ている猫と同じ経路で寄生虫と感染症に触れる。変わるのは時間の長さだけで、開く経路の種類は変わらない。だから「うちは室内飼いだから」を理由に省いていた予防と衛生の手順は、ベランダに出すと決めた時点で、外に出る猫と同じ前提に切り替わる。切り替えたあとの手順を続けるのは猫ではなく飼い主の側で、しかも一度決めたら終わりではない。毎年の診察のたびに、見直す判断として残り続ける。

室内飼いでもベランダに出るなら外と同じ予防が必要になる理由

洗濯物を干すあいだ、うちでは網戸を10センチほど開けている。猫はその隙間からすっと出て、コンクリートの床を端まで歩き、手すりの下で丸くなる。3分か5分で、自分で部屋に戻ってくる。

長いあいだ、私はその数分を「室内飼いの猫が日向ぼっこしている時間」と数えていた。

変わったのは春のある朝だ。ベランダの床が、薄く黄色くなっていた。前の晩に降った雨が上がって、乾いた花粉がうっすら積もっていた。猫が戻ってきて、前足の裏が同じ色をしていた。それを舐めているのを見て、はじめて「これは外だ」と思った。部屋の中の出来事ではなく、外の一部が、サッシ一枚ぶんだけ家のすぐそばに切り出されている場所なのだと。

切り出した以上、外にあるものはだいたい来る。土、花粉、砂ぼこり、蚊、そして他の猫。

ベランダは「空間」ではなく「経路」で見る

ベランダはどこも同じではない。何階か。手すりか、ネットか。網戸が閉めきって固定されているか。隣のベランダとのあいだに、どれくらい距離があるか。植木鉢が置いてあるか。同じ「ベランダに出している」でも、開いている経路の数は家ごとに違う。

ノミやマダニは、ベランダの床、植木鉢の土、そして外から来る猫の体から来る。蚊もベランダには来る。ここで大事なのは、「3分だから大丈夫」という計算が成り立たないことだ。リスクが時間に比例して薄まるなら、短い時間はほとんどゼロになるはずだが、実際に開いてしまうのは時間ではなく経路そのもので、一度開けば長さに関係なく家の中まで続く。ゼロ分の日と5分の日は、同じ室内飼いではない。

だから私が最初にやったのは、ベランダをどう使いたいかを決めることではなかった。どの経路を開けるのかを、ひとつずつ確認することだった。

いちばん濃い接触は、網戸ごしの鼻先にある

隣のベランダに猫がいる家は多い。うちの隣にもいた。網戸ごしに鼻先を合わせ、しっぽを振り、ときどき爪を出す。網戸は壁ではなく、目の細かい布だ。爪は通る。鼻先の粘膜は、網の目より近いところまで来る。くしゃみも、唾液も、距離はゼロに近い。

だから「網戸があるから安全」ではない。条件は、網戸が開かないように固定されていて、外の猫と物理的な距離が取れていること。開けるなら、人が見ているあいだだけ。網戸を全開にして部屋とベランダをつなぐ使い方は、この条件をいちばん満たしにくい。網戸は落下防止の道具として付けている人が多いけれど、感染経路の面では壁ではない、というのが私の実感だ。

戻ってきたあとにやること

帰ってきたら拭く。これだけは、ベランダに出しはじめた日から続いている。

濡らして固く絞ったタオルで、前足の裏、後ろ足の裏、そして顔まわりと首のうしろ。顔はタオルの新しい面を使う。拭いたタオルはベランダに掛けたままにせず、そのまま洗濯かごへ入れる。掛けっぱなしにすると、いちど取れたものがそこにもう一度残る。網戸のレールとサッシの溝も、砂がたまってきたなと思ったときにふく。猫はそこをまたいで出入りしている。

植木鉢の土は、室内に持ち込まない。土をいじったあとは、手を洗ってから猫に触る。ベランダで作業を終える、という決めごとにしている。

ここで一度整理しておくと、これは清潔の話であって、寄生虫そのものを防ぐ手順ではない。防ぐほうは、飼い主が考えて決めるものではなく、診察の場で決まる。

毎年の診察で、いちばん先に言うこと

問診票に「室内飼い」と書いたことがある。それが嘘だったとは思わない。ただ、ベランダに出しているなら、その一言が計画を変える。

予防の頻度は、カレンダーを見て飼い主が決めるものではない。診察のときに、その猫の年齢、暮らし方、住んでいる地域を踏まえて決まる。だから伝えるべきは事実のほうだ。「毎日ベランダに出しています」「隣のベランダに猫がいて、網戸ごしに顔を合わせます」「ベランダに植木鉢があります」。この3つを言うだけで、前提が変わる。

日本で室内飼いの猫に使われる基本のワクチンは、猫ウイルス性鼻気管炎、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症の3つを合わせたものだ。これも、いつ、何回、どの間隔で、というところは診察で決まる。自分で月を決めて予定に入れるものではない。

ベランダをやめたなら、それも伝える。前提は下がる方向にも動く。ラベルは一度貼ったら固定ではなく、生活に合わせて更新していくものだと思っている。

家で判断しない、という線引き

ベランダに出るようになってから、くしゃみが増えた気がする。目やにが出る。いつもより寝ている。毛の様子が違う。そういう変化に気づいたとき、家で重症度を測ろうとしない。猫は体調の悪さを隠す生き物で、飼い主が見ているのは表面の一部でしかない。判断できる道具を持っているのは動物病院だけだ。「こういう変化があった」と電話して、いつ連れて行くべきかを聞く。それがいちばん早い。

ベランダをどう使いたいかを先に決めて、その使い方に必要な手順を診察で確認する。順番はこれでいい。手順を先に決めてから、ベランダの使い方を合わせようとすると、どこかで無理が出る。

私の場合はこう落ち着いた。網戸を開けるのは洗濯物を干すあいだだけ。戻ったら拭く。隣の猫とは、網戸を閉めきって顔を合わせない。ベランダをやめる必要はなかった。ただ、「室内飼いだから」という言い訳だけは、あの春の朝に置いてきた。

縁側の猫係

著者について

縁側の猫係

幼い頃から猫と共に暮らしてきた人たちの著者名義です。畳や縁側のある暮らしのなかで、日々の食事、毛づくろい、トイレ、季節の備えを重ねてきた経験をまとめています。

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