獣医が実践する毎日口を開けずに磨く猫の歯みがきの基本手順

この記事の目次
  1. 最初に当てるのは、上あごの奥歯の外側
  2. 順番を固定する。左の奥から始めて、右の奥で終わる
  3. 数週間かけて回数を増やす
  4. 内側はやらない、と決めておく
  5. 手が届かない場所がある
  6. ブラシを持たない日も、唇はめくる

猫の歯みがきは、口を開けなくても成立する。上唇を指一本でそっと持ち上げ、上あごの奥歯の外側から始める。歯と歯ぐきの境目に毛先を斜めに当て、その場で1〜2ミリ幅の小さな円を描く。左右の順番を決めて、片側5回前後で切り上げる。口をこじ開ける場面は、この手順のどこにも出てこない。

獣医が実践する毎日口を開けずに磨く猫の歯みがきの基本手順

夜の九時をすぎたころ、脱衣所の灯りをひとつだけつけて、私は膝に小さめのタオルを敷く。猫はたいてい、そのタオルの上に自分から乗ってくる。乗ってこない日は、その日はやらない。抱き方は横向きで、左手をあごの下に回し、猫の背中を自分の腹に軽くつける。右手は空けておく。

ここで三つ数える。何もしない。耳の向き、尻尾の先、背中の張り。この三秒で、その日の猫の状態がだいたい分かる。

右手の親指の腹を、猫の上唇の外側に当てて、上へずらす。唇がめくれて、上の歯並びが現れる。この「現れる」という感覚が、口を開けるのとはまるで違う。口を開けようとすると、猫はその瞬間に別の生き物になる。あごに力が入り、舌が動き、指が歯に当たる。あれは歯みがきではない。唇をめくるだけなら、猫は「何かされている」とは思っても、「捕まえられた」とは思わない。この差が、毎日を成立させる。

最初に当てるのは、上あごの奥歯の外側

唇をめくると、たいてい前歯の列が先に見える。そこから始めない。上の奥歯の外側から始める。

理由を理屈で覚えていない。かかりつけの獣医さんに「上の奥から」と言われて、そのまま続けている。ただ、同じ場所を毎日触っていると、上の奥歯の外側だけが、磨いた直後でも少しざらついて残ることがある。説明より、手の記憶のほうが私には信用できる。

奥歯の外側は頬の内側に隠れている。少し唇を横に引くと見えてくる。引くのは唇だけ。口角は押さない。押した時点で、口を開けにいっている。

毛先の角度は「境目に入るかどうか」で決める

歯の面に垂直に当てると、毛先は表面を滑るだけで終わる。私が合わせているのは、歯と歯ぐきの境目に毛先が少しだけ沈む角度。45度と言われることもあるが、自分の感覚では「毛先が歯ぐきに軽く当たって、少し沈む」かどうかで見ている。

動かし方は1〜2ミリの円、または前後の細かい往復。大きく動かすと、毛先が歯に当たる音がする。猫はその音で嫌がる。音がしない速さが、正しい速さだと思っている。

順番を固定する。左の奥から始めて、右の奥で終わる

毎回同じ順番で動かす。私の場合は、上あごの左の奥歯の外側、左の前歯、右の前歯、右の奥歯の外側。それが終わったら、下あごの外側を同じ順番で。

順番を決める一番の理由は、猫が途中で動くからだ。膝の上で向きが変わったとき、どこまでやったかが自分で分からなくなる。順番が決まっていれば、「次は右の前歯」とすぐ戻れる。抜ける場所がなくなるというのも大きい。人は必ず、磨きやすい場所ばかり磨く。

左から始めるのは、私が猫を左向きに抱えるのが一番安定しているから。猫の都合ではなく、私の都合。それでいい。自分が動かしやすい順番のほうが、毎日続く。

片側5回、最初は3回。数えるのは自分のため

片側5回前後を目安にしている。始めたころは3回だった。数えるのは猫のためではなく、自分のためだ。数えていると、嫌がる前に切り上げられる。

猫の「やめて」は、鳴き声より先に出る。耳が横に倒れる。尻尾の先が動く。後ろ足が膝から浮く。舌なめずりが増える。飲み込むような動きが出る。どれかひとつでも出たら、その日はそこで終わりにする。あと1回だけ、はやらない。1回を足すと、次の日がゼロになる。

数週間かけて回数を増やす

1日目は唇をめくるだけ。ブラシは出さない。3日目あたりで、乾いたブラシを唇の外側にそっと当てて、すぐ離す。1週間目に、上の奥歯の外側を1回だけ。2週間目に片側3回。

ここは個人差が大きい。うちの場合は、片側5回まで2か月かかった。焦って増やすと、翌週に振り出しに戻る。これを何度か繰り返して、今のペースに落ち着いた。週に1回しかできない週があってもいい。ゼロにしないことだけを決めている。

道具は、ヘッドが小さくて柔らかいこと

上の奥歯に角度をつけようとすると、人間用の歯ブラシは大きすぎる。唇がつっぱって、めくれている部分が戻ってしまう。ヘッドが小さく、毛先が柔らかいものが、この手順では扱いやすい。毛先が硬いと、歯ぐきに当たったときの刺激が強く出る。

水で濡らすだけで、この手順は成立する。何かを使わないと磨けない、ということはない。

内側はやらない、と決めておく

歯の内側は、舌がある程度動かしている。内側を磨こうとすると、口角を押し広げるか、ブラシを回し入れることになる。それはこの手順の外側に出てしまう。

だから内側は最初から目標に入れない。入れないほうが、外側を毎日続けられる。これは妥協ではなく、続けるための設計だと思っている。全部をやろうとして3日で終わるより、外側だけを1年続けるほうがいい。

手が届かない場所がある

自宅でできるのは、外側のプラークを毎日少しずつ減らすところまで。歯と歯ぐきの境目の奥、奥歯と奥歯のあいだ、固まってしまった歯石。ここは手順をどう工夫しても届かない。

唇をめくったときに歯ぐきから血が出る、においが急に強くなる、片側でばかり噛む、食べこぼす、よだれが増える。こういう変化が出たときは、もう手順の話ではない。見てもらう話になる。毎日磨いていても起きることは起きる、という前提で私はやっている。

ブラシを持たない日も、唇はめくる

磨けない日があっても、唇をめくって、色と形を見るだけの日をつくる。ブラシを持たない手で触る。歯ぐきの色、歯の並び、左右の違い。これをやっておくと、次の「磨く日」の入口が低くなる。

猫のほうも、手が口の近くに来ることに慣れていく。磨くことだけを特別な出来事にしないほうがいい。

手順をひとつに決めて、その通りに毎日動かす。うまくいっているかどうかは、猫の逃げ方で分かる。膝から降りる日が減り、顔を背けるだけの日になり、最後まで数えられる日が来る。来ない週もある。それでも、唇をめくるという一番小さいところからやり直せばいい。

縁側の猫係

著者について

縁側の猫係

幼い頃から猫と共に暮らしてきた人たちの著者名義です。畳や縁側のある暮らしのなかで、日々の食事、毛づくろい、トイレ、季節の備えを重ねてきた経験をまとめています。

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