爪切りが最後まで終わるかどうかを決めるのは、爪切りの種類でも、猫の気性でもなく、抱いたときに猫の体重をどこに預けるかです。前脚が宙にぶら下がった姿勢は、猫にとって「この体勢から出なければ」という合図になります。四本の足がどこかに載って安定した姿勢は、その合図を消します。だから刃を当てる前に、まず四本の足の置き場所を決めます。

私はこれで何度も負けました。ソファの端に猫を座らせて、前脚を一本つかんで持ち上げる。宙に浮いた足がバタバタと動いて、爪先が私の手をかすめていく。そのたびに「今日は無理だ」と手を離し、あとで「うちの子は爪切りが嫌いだから」と自分に言い聞かせていました。爪切りを新しくしても、解決しませんでした。変わったのは、座る位置と、猫の向きです。
床に座って、膝を軽く立てます。足の間に、いつも使っている薄いタオルを一枚。猫を抱き上げ、背中を私の胸に向けて、膝の上にゆっくり下ろします。前脚は膝の上。後ろ脚は太ももの上。おしりは左手のひらで下から支える。四本とも、どこかに載っている。この形にすると、猫の体から「逃げる準備」の力が抜けていくのが分かります。耳の付け根の硬さ、しっぽの付け根の張りが、少しずつゆるみます。
猫が体をよじるのは、たいてい、不安定さを埋めようとしているからです。前脚が宙に浮いていれば、その分だけ体を支える場所が足りない。支えが足りなければ、猫は動いて探します。動く猫を押さえようとすれば、こちらは力を入れざるを得ない。その力は猫に伝わって、さらに動く。この悪循環の入り口は、たいてい抱き上げた瞬間にあります。
膝の上で、背中をこちらに向けて座らせる
向きは、思っている以上に効きます。横向きに抱えると、切る側の前脚が遠くなります。正面から抱くと、猫の顔と私の顔が近すぎて、目が合ったまま緊張します。後ろ向きなら、猫は前を向いたまま、私の膝の上に座っている。前脚は私の膝の上にあるので、体から離さずに手が届きます。視界が遮られないこと、腕に囲われていないこと。この二つは、押さえ込む力よりずっとよく効きます。
脚を横に引っ張らない
爪を出そうとして、脚を体から離して横に伸ばすと、肩の関節が抵抗します。猫は脚を引っ込める。引っ込められたこちらは、もう一度引っ張る。この繰り返しが、いわゆる「押さえつけている」状態を作ります。
膝の上で後ろ向きにしていれば、前脚はもともと体の近くにあります。脚の付け根から手のひらで包むように支えて、指先だけを少し持ち上げる。脚は体の近くにあるほうが、猫は力を入れにくい。爪を出すときも、肉球を強く押すのではなく、指の腹でそっと押し上げる程度で足ります。強く押すと、猫は脚を引っ込めます。
一本切ったら、手を離す
一本切ったら、脚から手を離します。離しても猫が膝の上にいれば、もう一本。立ち上がったら、そこで今日は終わりです。追いかけない。
一回の目安は、長くても1〜2分。猫がまだ落ち着いているうちに終えるのがいい。落ち着いた状態で終わると、次に膝に乗せたときの緊張が減ります。反対に、暴れてから終わると、暴れるまでの時間が長くなっていきます。
爪は毎日伸びるわけではないので、全部を一日で終わらせる必要はありません。前足だけで終わった日、後ろ足が一本だけだった日、それでいい。数日かけて終わればいい、という前提にすると、一回にかかる重さが変わります。結果として、いちばん早く終わります。
うちでは、切れた本数を軽くメモしています。どの足を、何本、どの時間帯に切れたか。三日分並べると、眠そうな日のほうが進む、遊びのあとのほうがおとなしい、といったことが見えてきます。猫の性格ではなく、その日の状態のほうが効いている、と分かってきます。
始める時間帯を選ぶ
同じ抱き方でも、通る日と通らない日があります。選びやすいのは、食後のひと休みの時間と、遊び終えて寝そべっている時間です。どちらも、動き出す理由が少ない。
逆に、朝の元気な時間、ごはんを待っている時間、掃除機のあと、来客のあと。こういう時間帯に始めると、どんな抱き方でも、だいたい同じところで止まります。
声の高さと、いつもの場所
急に黙るのも、急に大きくなるのも、猫には合図になります。ずっと同じ調子で、小さく話しかける。何を言うかは関係ありません。「いいね」「あと一本」くらいで足ります。大事なのは言葉より、声の大きさが途中で変わらないことです。
場所も同じです。はじめての部屋、すべるフローリング、高い台の上。猫は足元の安定をよく見ています。いつものラグ、いつものタオル、変わらない匂い。特定の握り方より、こちらのほうが効く子もいます。とくに、急な動きでびっくりするタイプの子には。
それでも激しく嫌がるときは
猫によっては、抱かれること自体が負担なことがあります。関節が痛い、皮膚が敏感、高齢で体が硬い、抱きにくい体つき。そういう場合は、抱き方を工夫しても限界があります。
体をよじり続ける、噛もうとする、逃げようと爪を立てる。そういう様子が続くなら、その日は中止してください。無理に続けて慣れさせる、という方法は、思っているほど上手くいきません。私がけがをして、猫がさらに警戒する、という結果のほうが多い。強い抵抗が続くようなら、動物病院に相談するのが現実的です。家でできることを増やすより、任せる回数を決めるほうが、猫も私も楽になります。
爪切りは、猫を動かなくさせる作業ではありません。動かなくてもいい、と思ってもらう作業です。その土台が抱き方で、抱き方が決まれば、道具が何であっても、たいていの日は一本か二本すすみます。